
ゆめやの婚礼:そもそも「正絹」とは?
「きものはやっぱり正絹がいちばんよね」とは、よく聞くことばです。ゆめやのきものも、そのほとんどがアンティークの正絹です。
正絹はぬめぬめと輝いています。まろやかであたたかく、肌触りも良く、着心地が快適な生地です。
ひと口に正絹とは言っても、その正絹について、どのくらいご存じでしょうか。なかなか奥深いものですので、どうぞごいっしょに探っていきましょう。
まず読み方です。「正絹」=「しょうけん」です。「せいけん」「まさぎぬ」などと読み違える方もいらっしゃいますが、「しょうけん」が正解です。
「せいけん」も「まさぎぬ」も、どこかで聞いたような気がしますね。
おそらく、「せいけん」=「生繭」でしょう。お蚕さんが作ったままで、まだ煮たり乾燥させたりしていない、生の繭(まゆ)のことです。
「まさぎぬ」は軍服の「正衣」のことでしょうか。ですが、こちらは正しくは「せいい」と読むようです。
「実は読み間違っていた!」と気付いた方は、今日しっかりと覚えてしまいましょう。「正絹」=「しょうけん」ですよ。
「正絹」が絹だということは、ほとんどのみなさんがご存じでしょう。ですが、絹にもいろいろとあります。混じり物があっても絹と言いますし、絹で織った紬もあります。
「正絹」は、お蚕さんが作ってくれた真っ白な繭(まゆ)から取り出した生糸(きいと)を織った、絹100%の生地のことです。

さて、その「生糸」は、どのようにして生まれてくるのでしょうか。長いお話しになりますが、順を追って辿ってみましょう。
生糸はお蚕さんの繭(まゆ)から取り出します。そのお蚕さんというのは、蛾(が)の幼虫です。その幼虫はどこから登場するのでしょうか。
生命のサイクルはずっと繰り返されるので、どこがスタートなのかよく分からなくなってきますが、このコラムでは正絹のできあがりをゴールとして話を進めましょう。
お蚕さんを飼っているのは養蚕農家(ようさんのうか)さんですね。令和3年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」でも度々登場しているので、興味を持たれている方も多いでしょう。
養蚕農家(ようさんのうか)の前にもお仕事があります。
まずは卵です。お蚕さんは成虫である蚕蛾(かいこが)になると、1週間から10日ほどしか生きることができないのだそうです。食物を食べるための口も無く、飛ぶほどの羽も持たず、わずかな生存期間に果たす役目は、交尾をして卵を産むことだけです。
お蚕さんはサナギの形でオスかメスかを見分けることができます。そこでオスとメスのペアをひとつの箱に入れておき、サナギから出てくると必ずお相手が見つけられるようにします。めでたく交尾が終了すると、メスに産卵の準備をしてもらいます。役目を果たしたオスの寿命はここで終わってしまいます。人と違って、虫の世界はきびしいですね。
蚕蛾が卵を産み付ける場所は、厚手の和紙です。病気予防や検査のために、和紙には四角い区切りがあり、区切りの中で丸いコップを伏せたような空間に、蚕蛾を入れます。蚕蛾は、それぞれの丸の中に卵を産み付けるのですね。卵が産み付けられた和紙を、蚕卵紙(さんらんし)または蚕種紙(さんしゅがみ)といいます。
日本の蚕卵紙はたいへん上質で、江戸時代後期にはずいぶんと輸出されたようです。蚕蛾に卵を産ませて蚕卵紙を作る作業を請け負う方を、「蚕種屋(たねや)」と呼びます。
蚕卵紙は蚕種屋さんから稚蚕農家(ちさんのうか)さんに渡されます。稚蚕農家さんでは、温度と湿度に気をつけながら卵の管理をし、孵化(ふか)させて、生後1週間ほどまで育てます。生まれた直後のお蚕さんは体長2ミリ。1週間後には5~8センチメートルほどに大きくなります。驚異的な成長具合ですね。

この1週間の飼育はたいへん難しいので、専門の稚蚕農家さんにお任せします。新鮮な桑の葉を食べながら、たったの1週間ほどの間に5回も脱皮をして、どんどんと大きくなるのだそうですよ。
生後1週間、体長5~8センチメートルの4齢(れい)~5齢と呼ばれる姿になると、養蚕農家(ようさんのうか)に貰われていきます。このタイミングは、地域や養蚕農家さんの熟度によってバラつきがあるようで、2齢の体長1センチメートルほどで貰い受ける養蚕農家さんもいらっしゃるそうです。
適切な温度と湿度のもと、新鮮な桑の葉をモリモリと食べながら、お蚕さんは体長8センチメートルほどに成長します。成長が終わると、エサである桑の葉を食べなくなり、繭を作るための糸を吐き出す準備にはいります。白かった体が黄色く透き通ったようになり、体長は7センチメートルほどに小さくなります。この状態を「熟蚕(じゅくさん)」と呼びます。
熟蚕期を迎えたお蚕さんは、繭を作る場所を探しはじめます。ゴソゴソと賑やかに這いまわり、垂直方向に登って、快適な場所を見つけようとします。そこで人が考え出したのが、「上蔟(じょうぞく)」です。
お蚕さんの飼育場の上に、繭を作るための格子状の枠を設置します。この枠が「蔟(ぞく)」で、木や藁(わら)など天然の材料でできているのだそうです。

納まりの良い蔟(ぞく)を探して上蔟したお蚕さんは、ひとつの枠に決めて居座り、糸を吐き出しはじめます。まずは足場を安定させるための1滴からスタート。その後、体をしっかりと安定させるために、枠の端から端へと糸を渡らせます。体を安定させるこの作業は12時間も続きます。
体が安定して1~2時間が経つと、幼虫期で最後の糞とオシッコです。
すっきりと落ち着いたところで、本格的に繭を作り始めます。繭づくりの時間もたいへん長いのですよ、なんと40時間です。繭ができあがるまでの40時間は、一度も途切れることなく糸を吐き出します。長さにして1000~1300メートルの糸を続けて吐き出すのです。
このとき吐き出す糸が、絹糸の原料になります。

お蚕さんの口は、桑の葉を食べやすいように、三角形になっています。糸も三角形の口から吐き出されますので、出てくる糸はたいへん長い三角柱の形なのですよ。この三角が、糸になったときに、光のプリズム効果で輝き、しっとりとした光沢を生み出すのです。
もしも途中で動揺や環境の変化などがあると、糸が途切れてしまいますので、人はそっと見守り、快適な温度と湿度と、静寂を保ちます。繭ができあがって16時間ほど経つと、繭の中でサナギになります。
繭ができあがってから1週間ほどで、上蔟(じょうぞく)から繭をはずす、「収繭(しゅうけん)」の作業をおこないます。できあがった繭を集め、色や形の悪い繭を取り除き、やっと、製糸工場に納めることができるのですね。
養蚕農家にとっては、上蔟から収繭が、お蚕さん飼育の最後の作業なので、一家総出でおこなっていたのだそうですよ。

さあ、やっと繭ができあがりました。ここから先の作業はご存じの方も多いでしょう。
まずは「乾燥」です。中に入っているサナギの命をいただき、カビや腐敗を防いでから貯蔵します。「サナギが蛾になってから繭を使えば良いのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、蛾になるときに、繭を溶かしてしまうのだそうです。
繭が溶けてしまうと、商品価値は無くなってしまいます。そこで、蛾になる前の繭を、生糸に使わせていただくのですね。
蛾になってから7~10日の寿命とはいえ、その命を犠牲にして糸をいただくのですから、お蚕さんに感謝しなければなりませんね。
乾燥のあとに「選繭(せんけん)」をします。汚れた繭や、厚みのない繭を取り除いていきます。選繭作業に合格した上質の繭だけで生糸を作っていくのです。
いよいよ「煮繭(にまゆ)(しゃけん)」です。
お蚕さんが口から吐き出した糸には、セリシンという粘着成分が含まれていて、この粘着力で糸と糸が接着し固まっています。糸を取り出すには、このセリシンを除去する作業が必要となります。セリシンはタンパク質ですので、お湯や蒸気で温めて溶かしていきます。

セリシンが溶けたところで、10個ほどの繭をひとまとめにして大鍋のお湯に移し、索緒ぼうきで表面を軽くなで、糸口を引き出します。まずはもつれた糸が出てきますが、次第に1本のきれいな糸にまとまり、ここを糸口とします。
糸口を繰糸機に移し、糸を巻き上げていきます。繭によって糸の長さは違いますので、ひとつ終わるとひとつ足し、糸口を見つけ出して、同じ太さの糸になるように巻き上げていきます。

こうしてできあがった糸が生糸です。巻き取っただけでは弱いので、撚って丈夫な生糸にしてから、織りあげた生地を正絹と呼びます。
どうでしょう?たいへんな工程でしたね。これでもところどころ端折ったのですよ。ほんとうはもっともっとたくさんの作業があります。
お蚕さんを育てるのもたいへん、お蚕さんがモリモリと成長して立派な繭を作るのもたいへん、蒸し風呂のような作業場で糸を繰り出すのもたいへん。
本当にたいへんな作業を経て、ぬめぬめと輝く絹糸が生まれてきます。現代でも同じ方法で生糸が生まれてきているのですよ。
ゆめやの白無垢はすべて正絹です。やや黄色みがかった白で、天然のゆったりとした光沢はため息が出てしまうほどです。
職人さんとお蚕さんに感謝しながら、正絹の白無垢に包まれましょうね。

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